「カンペキ」って漢字で書ける?

ある日、友達に送っていたLINEで気づいた。

完璧の「璧」って、下は玉じゃん!!!

完全な壁を作る=完璧 ではないらしい。。

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私、すっごく衝撃でして。

学校でもマルをもらっていたし、その間違いを否定してくれる人もいなかったから。

 


学生時代、先生から褒められたことが正しい、先生からバツを貰うと、それは間違い。

義務教育で学ぶ正しい正しくないの審判をするのは、常に先生だった。

違う違う、そうじゃ、そうじゃない。

https://youtu.be/xFKeMiKSzLU

 

 


それから周りの大人に「完璧って書いてみて!」と、書かせてみた。

なんと、正解を書ける人は10人中2人だけだった。間違えた人は全員、高校を出て一通り義務教育を受けている人だった。

 


私は、障害者の子供たちと絵を描くボランティアをしているのだが、その子達にも同じ質問をしてみた。

そうすると、10人中7人が、正しい完璧を書けていた。

 


大人だから知っていて当たり前、子供だから知らないだろう。そういう「常識」というやつに、私も囚われていた。


常識って、厄介だ。

人を成長から、遠ざける。

 

 

では、常識とはなんだろう?

ある日居酒屋に行くと、子供が泣いていた。

近くに座っていたおじさんがその親に、「さっさと子供を静かにさせろよ。ここは子供が来るようなところじゃねぇ」と怒鳴った。

 


私は店員を呼んで「子供が居酒屋に来てはいけないなんてルール、このお店で決められているんですか?」そう尋ねると、店員は、そんなルールは全くないと言った。

その事を、文句垂れ流しているおじさんに伝えると、

「ここは大人が仕事終わって酒飲むところだ。子供が来る場所じゃない。常識だろ。そんなこともわからないのか?」そう言われた。

 


反抗しようとしたら、その子連れのお母さんは「大丈夫です。ありがとうございます」と申し訳なさそうに出ていった。

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こういう経験は、まだまだある。

田舎に帰ると、未だに

「女は結婚して、愛する人の子供を産むこと。それが女の幸せ」

「男に可愛がられて、お金を貢いでもらって、女の価値を図る。それが女に生まれた運命でしょ?」

そんな風に言われる。

私から言わせれば、古い。古いよ。

自分の生きてきた「当たり前」を正当化する為に、「常識」を都合よく使っている人が多すぎる。

 

 


私はついさっきまで、牛丼を食べていた。

深夜3時に、友達と食べたおろしポン酢牛丼と豚汁がこんなにも美味しいなんて知らなかった。

知らないことを知るって、本当に楽しい。ワクワクする。生きている実感が得られる。

 


完璧という字の話に戻るけど、伝えたかったのはね、

間違っていることを知って嬉しかった。

嬉しかったんだ、知らないことを知れたことが。

 

常識という思い込みを打ち砕いた瞬間、自由になれるよ。

 


あ、そうそう。「よしのや」って漢字で書いてみて!

 

 

 

 

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これを読むと私の事を嫌いになる人と好きになる人に別れる

 「私の旅」

3月31日。

 母と2人で台湾旅行に行ってきた。

母と旅をするのは4年ぶりだった。

そもそも私は、台湾に行きたくなかった。中国には嫌な思い出ばかりで、「思い出なんて自分で更新するものだよ⭐︎」とポジティブシンキングの人は言うかもしれないけれど、私は散歩に行きたくない犬が無理やり首輪をつけられて連れてかれる気分だった。

 というのも、私は小学3年生の時、家族で中国に旅行に行っている。そこは桂林というところで中国の中でも空気が澄んでいて近くには綺麗な湖がある田舎だった。

そんな場所にある公立の小学校の敷地内にあるアパートに泊まった。母が言うには知り合いの先生が住んでいるらしい。家族で泊まったその日を最後に、私は2年間、1人でそこで暮らすことになる。

置いて行かれたのだ。

 「2年間頑張ってね」という母の置き手紙を最後に、私は1人知らない土地で2年過ごす事になる。

言葉もわからない、知り合いもいない。ましてや中学人は日本人に良いイメージを持っていない。日本人が中国人のことを悪く言う様に、中国人だって日本人のことを好いてはいない。みんながみんなそうだとは限らないが、私の住んでいた地域ではそうだった。

 

 国語の時間は特に苦痛だった。教科書にはひたすら日中戦争のことがかかれていたからだ。最初の戦いで日本に敗北した中国は、無理やり日本語を覚えさせられる。それがどんなに自国愛を侮辱する行為だったか、どんなに悔しい思いだったか、そんなことが丁寧に書かれている。

 テレビもずっと、日中戦争のドラマの再放送が繰り返し流れている。その中で出てくる日本人に向けられた言葉「日本鬼子(リーベングイズ)」=日本人の鬼、最低

この言葉は中国人で知らない人はいないくらい認知されている。他にもそのドラマでは「バカやろう、このやろう」というセリフが日本人兵隊を演じているであろう中国人が繰り返し言っている。だから、中国人に「日本語で知っている言葉はありますか?」と聞いたらすぐに出てくるのはこの言葉だと思う。私たちが知っている中国の言葉は「謝謝(シェイシェイ)ありがとう」なのに、中国人が知っている日本の言葉は人を傷つける言葉。日本人は中国人を傷つけてしまったのだからしょうがないのかもしれないけれど、やはり悲しい。

それでも私は運良く周りのひとに恵まれて、毎日学校行った。友達もたくさんできたし、ご飯だって美味しいものを食べて、人並みに恋もした。

休みの日には迎えに来てくれて船に乗ってお友達の家まで遊びにも行った。

中国語だって標準語なら聞き取れる様になって、

相変わらず日本人だと思って高く売りつけてくる服屋のおばさんに「安くしてくれないと他の店で買っちゃうんだから!」と値切れる様にもなった。

 そんな中で2年たったある日、母が迎えにきた。空港で久々に会った母は痩せていた。泣きながら抱きついてきた母を見て、「ああ、私は嫌われて置いてきたんじゃないんだな」と安心した。

それと一緒に、父が亡くなったことも告げられる。

父はC型肝炎という病気を患っていた。当時は治りにくい病気で、助かる術がなかった。母は夜にお仕事をして、家事もこなし父の看病をするというハードスケジュールをこなしていた。

 一番やっかいだったのは私だ。やっと生まれた女の子。両親とって可愛くないわけがない。散々甘やかされたわたしは、もう自分のことをお姫様だと信じきるワガママ娘に成長してしまった

 わたしの将来の危機を感じた母は「かわいい子には旅をさせよ」の言葉通り、母がいなくなった時に頼るひとがいなくても生きていけるよう、小学3年生の私に旅をさせた。

 

小学3年生の女の子を1人で中国に行かせるなんてどうかしてる、という人もいるが、今ではこれをネタに人を笑わせることもできるようになったので、母には感謝している。

この時の辛さを思い出せば、なんだって乗り越えることができる気がするから。

話はだいぶ逸れてしまった。そうだそうだ、今回のテーマである旅。

台湾旅行は、なんだかんだ楽しかった。母は飛行機で隣に座った知らない人に「それどこで買ったの?売ってよ!」と話しかけたり、建設中の高層マンションを見て大層気に入り「私、老後はここに住む」といってその場でマンションを購入する以外は、楽しかった。(母は常にぶっ飛んでいる)

そして、小学3年生のあの時好きだった親友の男の子とも会えたのがすごく嬉しかった。スマートフォンのアプリ「LINE」を使ってやりとりをしていたのだが、実際に会ってみると当時とは比べものにならないくらいたくましくなっていて感動した。

なによりその男の子も、美術の学校で絵を学んでいることが本当に嬉しかった。将来は舞台監督になるらしい。当時暇な時はひたすら一緒に絵を描いたり、舞台を見に行っていたので、それが今につながっているのだと思うととても嬉しい。

今でも日本人と中国人の間には大きな壁がある。でも、絵だったらどうだろう。

私は、この世界の共通言語は英語じゃなくて笑顔、そして絵だと思っている。

人を動かすものとは、国籍や言葉ではなく、自ずと出てしまう才能に触れた時だ。

私も絵を通して、脳みそ全部見せ合って、意思疎通できるようにこれからも旅をたくさんしていろんな人と出会って、たくさんの人を好きになりたい。